長谷川由貴は、これまで一貫して植物を描き続けている作家です。日常生活の背景として見過ごされてきた植物に焦点を当てた長谷川の作品は、植物のもつ旺盛な生命力を表現することで、異様なまでに力強い存在感を持った「生命体」としての植物を鑑賞者に提示します。
絵画史において、 植物は古くから取り上げられてきたモチーフです。 しかし、初期の植物画は主に説明図や装飾図案であり、そうした実用的な「図」として発展した絵画「ボタニカル・アート」は、高度な描写技術を要しつつも、植物の存在そのものを美的対象とする表現ではありませんでした。このように美術と実学の双方の領域に属するがゆえに、どちらからも周縁化されてきた「植物画」に、長谷川は心惹かれると話します。江戸期の絵手本を取り上げた《Look Like You 『絵本野山草』より》(2021)や、19世紀イギリスの植物図鑑を参照した《深夜の瞬き》(2021)などは、「実用品」としての「植物画」を現代の文脈においてとらえ直す試みです。「実用」という人間中心の目的を持つ図を、実用を離れた場から改めて取り上げ、人間とは異なる種類の生物という、植物が本来持つ得体の知れない他者性を立ち上がらせるこれらの作品には、人間中心のものの見方をずらしたいという意図があります。
また、くちなしの花の上を赤い光の線が横切る《人間は線を引く くちなし#1》(2022)に見られるように、彼女の近作には「線」が植物に次ぐ主要素として現れます。人間が引く線は文字や絵の始まりにもなれば、こちらとあちらを区分する境界線にもなります。こうした多義性を内包する「線を引く」という行為は、人間文明の象徴とも言え、文明に覆われた現代世界には様々なかたちで線が引かれています。もちろん人間と植物のあいだにも一線は存在し、現状においては一方が他方を支配し利用しています。しかし、その一線は本当に妥当なものなのでしょうか。長谷川は「人間中心の価値観の中で見過ごされてきた植物」と「自明とみなされてきた一線」への再考を促します。OIL by 美術手帖への出品作から、植物を通して人間を見つめる彼女の眼差しに触れてください。
《人間は線を引く くちなし#1 People Draw a Line gardenia#1》(2022)
《Look Like You『絵本野山草』より Look Like You from Ehon Noyamagusa in Edo Era》(2021)
《深夜の瞬き Midnight Blink》(2021)
販売は2022年12月16日(金)12:00より開始いたします。
プロフィール
京都市立芸術大学大学院修士課程絵画専攻油画修了。京都の共同スタジオ「punto」を拠点に制作を行う。様々な植物を育てるうちに、人間とは異なる生命維持システムと時間の流れを持つ生き物であることに興味を持ち、人間が植物と関わってきた歴史や文化を参照しながら、植物の世界を通して人間について考えるための絵画を制作している。近年の主な個展に、「あなたの名前を教えてほしい」(ギャラリーモーニング、京都、2020)、「VANISHING FRAGMENTS」(CLEAR GALLERY TOKYO、東京、2019)など。主なグループ展に、「変/心」(TENSHADAI、京都 、2022)、「森-Deep Forest-」(Yoshiaki Inoue Gallery、大阪、2020)、「VOCA展」(上野の森美術館、東京、2015)など。「Kyoto Art for Tomorrow 2022 -京都府新鋭選抜展-」京都新聞賞(2022)受賞。