歴史的建造物などをまるごと布で梱包し、景観を変貌させる世界規模の大規模プロジェクトで、20世紀後半以降のアートシーンで数々の重要な仕事を遺したクリストとジャンヌ=クロード。
それぞれのプロジェクトにかかる巨額の費用を、美術館や政府や企業などから一切の援助を受けることなく、彼ら自身で賄ったという彼らのポリシーもよく知られるエピソードです。手掛けたプロジェクトは、2~3週間を経て解体されてしまうものがほとんどでした。そのため、その存在を未来に示し続けるものとして作品をドキュメントするという行為も制作の一部として取り組み、豊富な制作資料や記録写真を残しました。ポスターや印刷物は、現存しないプロジェクト作品を伝える重要な資料として存在しています。
これまでにご紹介したポスター、ポストカードに続いて第3弾となる今回は、1990年~2000年代にクリストとジャンヌ=クロードから直接譲り受けた直筆サイン入り、オフセット・リトグラフのポスターです。彼らが長年にわたって制作を手掛け、生み出した魅力的なプリント作品に触れ、幻のプロジェクトを追体験してみてください。
アンブレラ 日本-アメリカ合衆国、1984-91
1991年10月に日本の茨城県とアメリカのカリフォルニア州の谷間地域で、3,100本の傘をいっせいに開くというプロジェクト。青い傘が茨城に、黄色い傘はカルフォルニアに設置され、点在する鮮やかな傘の集合が広大な土地に鮮やかな景観を生み出しました。
The Mastaba - 1240 Oil Barrels
1968年にフィラデルフィアの現代美術研究所で行われたアートプロジェクト。マスタバとは、古代エジプトで建設された墳墓を指す言葉。異なる色彩のドラム缶を、ピラミッドのように積み上げ造成したインスタレーションです。1958年からスタートした「The Mastaba」プロジェクトは、生涯彼らのライフワークとして続けて作られた作品となっています。
ヴァレー・カーテン
コロラド州にあるロッキー山脈の幅400メートルもある谷に巨大なカーテンを吊るしたプロジェクト。
囲まれた島
マイアミ付近の湾に浮かぶ11の島の周りの海を、島の輪郭に沿ったピンクのポリエチレン布で覆ったプロジェクト。
梱包されたライヒスターク
ドイツの国会議事堂「ライヒスターク」を梱包したプロジェクトです。冷戦から東西ドイツの統合にいたる歴史的な変動とともに、プロジェクトのための交渉も長期化し、24年間の歳月をかけてプロジェクトの実現に時間が費やされました。
CLOSED HIGHWAY
アメリカを横断する全長5000マイル、6車線の東西高速道路を、ガラスの壁で閉鎖するプロジェクト。
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Artist Profile
クリスト&ジャンヌ=クロード Christo and Jeanne-Claude
クリスト(本名:クリスト・ヤヴァチェフ)は1935年ブルガリア生まれ、ジャンヌ=クロード(本名:ジャンヌ=クロード・ド・ギユボン)は35年モロッコ・カサブランカ生まれ。夫妻での活動時はクリストとジャンヌ=クロード。クリストはソフィアの美術学校とウィーン美術アカデミーで学んだ後、58年パリに移住し、初期は肖像画と缶や工業製品などを布で梱包する作品を手がけた。ジャンヌ=クロードはチュニス大学でラテン語と哲学を専攻。58年にパリでクリストに出会い、翌年に結婚後、クリストとジャンヌ=クロードとして2人で公共空間での活動を開始する。初期には、ドイツ・ケルンの港で梱包を行った《埠頭のパッケージ》(1961)や、パリのヴィスコンティ通りをドラム缶で封鎖する《鉄のカーテン―ドラム缶の壁》(1962)を発表する。
64年にアメリカ・ニューヨークに移住し、道路から建物、橋、そして自然環境を舞台とした大掛かりなプロジェクトに着手。オーストラリア・シドニーの海岸を布で覆い、隠された風景の記憶を喚起させる《包まれた海岸線》(1969)、コロラド州ライフルにある幅およそ400メートルの渓谷にオレンジ色の布を掛け、ハイウェイを遮った《ヴァレー・カーテン》(1972)などを手がける。見慣れた風景に変化を与える2人の作品は、梱包と遮蔽の構造が特徴。助成金に頼ることなく自ら資金を調達し、地理的・政治的な交渉や住民らへの協力の呼びかけといった、プロジェクトを完成させるまでのプロセスすべてを含めて作品とし、社会と芸術の接点を主題としている。そのほかの主な作品に、フロリダ州マイアミの島の周りをピンクの布で囲んだ《囲まれた島々》(1983)、パリのセーヌ川に架かる橋を布で包んだ《ポン・ヌフの梱包》(1985)、構想から完成までに25年を費やしたドイツ・ベルリンの《梱包されたライヒスターク》(1995)、ニューヨーク・セントラルパークの歩道37キロメートルに、サフラン色の布を垂らしたスチール製の門を7503本設置した《門》(2005)など。それぞれのプロジェクトは恒久的でなく、解体後は写真や映像、ドキュメンタリー映画などの記録を通してのみ見ることができる。
日本では、70年の「第10回日本国際美術展 人間と物質」に参加し、91年には茨城とカリフォルニアの一部地域を同時に巨大な傘で覆う《アンブレラ 日本=アメリカ合衆国 1984-91》を実施。95年に高松宮殿下記念世界文化賞・彫刻部門を受賞した。2009年にジャンヌ=クロードが逝去。クリスト単独で活動を続け、16年にイタリア・イゼオ湖にて、浮き橋を布で包んで島と島を結んだ《フローティング・ピア》を発表する。20年にクリストが逝去。没後、ポンピドゥー・センターで2人の回顧展「Christo et Jeanne-Claude: Paris! 」(2020)が開催。生前、約60年にわたって構想していたパリの凱旋門を包むプロジェクト《L'Arc de Triomphe, Wrapped》(1962〜)が2021年に実現した。