左:《靴のしたいままに》(2023)、中央:村上早《まあ、なんて、きみのわるい》(2023)、右:村上早《どうか、にげないでおくれ》(2023)
村上早の作品販売がスタート。人間の悲痛な運命を受け止め、銅版画に表現
文・構成=髙内絵理(OIL by 美術手帖)
銅版画家として活動する村上早は、自身の制作技法を心の傷と治癒の過程に例えて、銅版が「心」、版に刻み付けるのは「傷」、版に詰めるインクは「血」、それを刷り取るための紙は「包帯」であると語ります。動物病院の実家で動物の生死が身近にあり、幼少期に自身も大きな手術を施された記憶や経験から、不安や恐怖、トラウマを感じることが多かった村上。行き場がなく、蓄積する負の感情やトラウマは、銅版画として作品に昇華することで、捨てずに「循環」することができると気づいてからは、銅版画を主な表現手法として制作をしています。
村上は「生」と「死」を対極にあるものではなく、隣り合わせにあるものとしてとらえています。すべてを二元論でとらえると歪みが生まれ、「生きることが苦しくなるのではないか」と話す村上。それは、同じ画の中に黒いインクと白い余白が存在するからこそ絵が成立することと同様であると、村上は考えています。
村上は、生きていくうえで必ず向き合わなければならない不安や悲しみに対峙し、どうしたら自分の心を慰められるかを考え、造形として美しい表現に落とし込みます。制作に向き合う衝動と制作手法が強固に結びついて、ときに残酷で不穏な情景となって表現される作品から、鑑賞者は言葉を超えた力を感じ、観る者によっては救いや寄り添いとなるかもしれません。
今回の個展では、「赤ずきん」や「シンデレラ」など童話からモチーフを選んだ銅版画の大作約5点の新作と小品を多数紹介。子供の頃に誰もが想像した寓話的世界を引用し、残酷で不穏な情景を表しながらも、自己と対峙を続けてきた村上が、現実の世界への思いを表現しています。
《女性》(2020)
《5羽の黒い鳥》(2021)
《マスク》(2022)
プロフィール
村上早
1992年群馬県生まれ。銅版画家。2014年武蔵野美術大学油絵学科版画専攻卒業。17年同大学博士後期課程造形芸術専攻作品制作研究領域中退。主な個展に、「村上早展」(コバヤシ画廊、東京、2016~毎年)、「New Artists pick Wall Project 村上早|Stray child」(横浜美術館、神奈川、2022)、「gone girl 村上早展」(上田市立美術館、長野、2019)、グループ展に、「市政90周年記念 わたしたちの絵 時代の自画像」(平塚市美術館、神奈川、2022)、「カオスモス6 ―沈黙の春に」(佐倉市美術館、千葉、2021)など。「FACE2015損保ジャパン日本興亜美術賞展」優秀賞、「第6回山本鼎版画大賞展」大賞(2015)、「群馬青年ビエンナーレ2017」優秀賞などを受賞。作品は東京国立近代美術館、町田市立国際版画美術館、上田市美術館などに収蔵されている。
Information
「村上早展」
会期:2023年9月4日〜9月16日 |