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栁澤貴彦の作品販売がスタート。身体性を持つ空間を求め、森羅万象を思う

OILがおすすめのアーティストを紹介していく「OIL SELECTION」。今回は、栁澤貴彦です。OIL by 美術手帖ギャラリーでの個展「Phantascape」の開催にあわせて、その全出品作を「OIL SELECTION」として紹介いたします。

文・構成=髙内絵理(OIL)

撮影=東葛西1-11-6 A倉庫

 栁澤貴彦は、身体表現にルーツを持っています。始まりは幼少期、ブレイクダンスからその活動をスタートさせました。当時通っていたスクールから新しいスクールへ移動したときに出会った仲間とのめぐり逢いで演劇にも携わるようになり、映像、演劇作品に参加するようになります。高校生の頃には職業として「俳優」の可能性が見えていたいっぽうで、自身は迷いを感じていたと振り返ります。ある日、学校から帰宅する電車の車窓から何気なく外を眺めていると、いままではなかったはずの、大きなサイズの「絵」のようなものを目にします。気になった栁澤が改めてその場所へ近づいてみると、それは誰かが壁に描いた「グラフィティ」でした。大胆なモチーフとスプレーを用いた鮮やかで巧みな色使いに衝撃を受け、思いがあふれた栁澤は「テスト用紙裏に自分で描いたグラフィティと自身の連絡先をしたため、その壁の水抜き穴の空洞に入れていた」と話します。宛名のない手紙を送り続けながら、自分もアーティストとして作品を誰かに届けたいという気持ちが芽生え始めます。

 その後、デザインとアートについて学んだ桑沢デザイン研究所を2015年に卒業。グラフィックデザインやエディトリアルデザインを仕事としながら自身の発表も行ってきました。2017年に開催した個展「One divided by zero」(QUIET NOISE arts and break、東京)では、自身のバックボーンである身体性に重きを置き、ひとのかたち、舞台空間や群像劇を彷彿させるものなど演劇性の強いモチーフが意識的に登場する平面作品を発表。そこから新たな展開を求めて、5年の時を経て登場してきたモチーフが、現在の消化器官をはじめとする「生物の気管」です。振り返ると、母親が職業柄、勉強していた教科書の人体解剖図を見るのが好きだったという栁澤。グラフィティに興味を持つ以前、自分にとって「絵本」は「解剖書」であった幼少期の体験に着想を得ました。モチーフを変えることで、演劇性や身体性をストレートに表現するのではなく、メタファーのような展開を試みます。また、器官の形状として特徴的な空洞は、例えば「心がからっぽ」という慣用句が与えるネガティブな印象を払拭するかのように、ポップでキャッチーな色使いで表現。解剖図のグロテスクさを消失させながらも、かえって奇抜さが際立ち、明るいのに不穏な印象も与えています。

 栁澤は近年、陶作品と平面作品で展示空間を構成しています。これは、自身が背景として持つ演劇性を、展示空間という非日常空間の創出に落とし込んでいるためです。以前は自身が舞台空間のひとつとして構成される側でもありましたが、現在は自身の作品を素材としてひとつの空間を「演出」する側でもあります。演者それぞれが強度を持つことで上演作品が成立するように、存在感のある作品群は、単体としても世界が成立する強度を持ち、平面作品と陶作品が呼応する空間を生み出します。チャールズ&レイ・イームズ夫妻が製作した映像作品『パワーズ・オブ・テン』(1977)(*1)のように、宇宙の果てから地球を俯瞰する感覚が味わえる空間を追求する栁澤。生物の構成単位である器官が落とし込まれた平面作品、臓器を彷彿させる陶作品、これらを引きで、俯瞰で見たときに、空間全体がひとのかたちになり、宇宙へと広がっていく。そんな新たな視座を感じられる空間の創出を追い求めているのかもしれません。

 


*1──チャールズ&レイ・イームズ夫妻が製作、監督した映像作品。テンは「冪乗」(×10)の意味を指す。冒頭に1平方メートルの視野を設定し、その視野面積の冪指数を増加、減少させたとき、極大の宇宙から極小の素粒子へと展開される映像によりものの見えかたの変化を描き、科学や数学の概念を分かりやすく表現した。 

 

 

《shadow puppet》(2025)

 

 

《JCT (yellow green)》(2025)

 

 

《attention》(2025)

 

 

《JCT (pearl luster)》(2025)

 

 

編集部

Artist Profile

栁澤貴彦

1987年神奈川県生まれ。2015年桑沢デザイン研究所卒業。現在は、東京を拠点に作品を制作。主な個展に、「Pantascape」(東葛西1-11-6 A倉庫、東京、2025)、「Phantactal」(SOM GALLERY、東京、2025)、「INSIDE AND OUT」(スタジオ35分、東京、2022)、グループ展に、「INTERVERSE」(SOM GALLERY、東京、2023)、「FACE展2023」(SOMPO美術館、東京、2023)、「四次元を探しに-ダリから現代へ-」(諸橋近代美術館、福島、2019)など。「FACE展2023」藪前知子審査員特別賞受賞。

Information

栁澤貴彦個展「Phantascape」

会期|2025年10月31日(金)~11月24日(月・祝) 
会場:OIL by 美術⼿帖ギャラリー
住所:東京都渋⾕区宇⽥川町15-1 渋⾕パルコ2階
開館時間:11:00~21:00
休館日:施設の定休日に準ずる  
観覧料:無料

 

■オープニングレセプション 
10月31日(金)19:00~20:30 
※予約不要・入場無料