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名和晃平《Throne》をつくりあげた職人たち。「京都の金」に宿る思いとは

2018年7月。フランス・パリのルーヴル美術館のガラスのピラミッド内に展示され話題を呼んだのが、10メートル以上となる名和晃平の大型彫刻作品《Throne》だ。その《Throne》の約1/10サイズとなるエディション作品が《Throne(g/p_pyramid)》である。最新の3Dプリンタ技術によって成型され、《Throne》と同じ京都の仏具職人による下地塗装と金箔貼りを施されて制作される《Throne(g/p_pyramid)》。その制作に携わる職人たちの、受け継がれてきた技術と込められた思いを取材した。

《Throne》と職人の手仕事

名和晃平 《Throne(g/p_pyramid)》 2011

 エディション作品《Throne(g/p_pyramid)》の制作には半年近い時間を要する。最新の3Dプリンタ技術によって素材が出力された後、《Throne》と同様に職人による手仕事でつくられていく。まず、パーツは漆工房である「Nao漆工房」へと運ばれ、金箔を貼る下地をつくるために漆職人の手による塗装と磨きが行われる。その後、「金箔工房清水」へと運ばれ、金箔職人の手によって金箔が貼り付けられる。金箔を貼り終えたパーツをすべて組み合わせると、ようやく完成となる。ここでは「Nao漆工房」での下地作りと、「金箔工房清水」での金箔貼りの作業を取材することができた。

「Nao漆工房」の下地づくり

 京都市南区。畑の中に住宅が点在する、鴨川沿いののどかな風景のなかにNao漆工房はある。昼過ぎ、約束の時間より少し早めに到着して扉の前に立つと、中からは楽しそうに談笑する声が聞こえてきた。ノックをして扉を開く。そこには漆塗職人・小畑直樹と若い職人たちが輪になって昼食をとる姿があった。こちらに気がついた小畑は「すいません、お昼が遅くなって」と朗らかに笑って挨拶してくれた。1000年以上の歴史を持つ京仏具、その漆塗りの伝統工芸士。気難しい職人を想像して多少構えていたが、その笑顔に気持ちが緩んだ瞬間だった。

 小畑の工場で行われるのは、出力されたパーツに金箔を貼る前の下地づくりだ。化学系の黒い塗料をスプレーで噴きつけることで下地をつくるという。

塗料を噴きつけるスプレーを持つ小畑。塗装する部位によってノズルの異なるスプレーを使い分けるという


 小畑が使用するスプレーを持ってきてくれた。複雑な造形を持つ《Throne(g/p_pyramid)》の細かい部分に均等な塗装を施すために、噴射口の異なる複数のスプレーを使い分けるという。塗料の粘りを自身の経験に基づいて調整するなど、塗装の作業には職人の高い技術が要求される。

 この吹付け作業を、わざわざ伝統ある漆工房で行う理由はなんだろうか。塗装専門の業者に頼めば良いのではと考えてしまう。不躾とは思いながらもその疑問を口にすると、小畑は快く答えてくれた。

 「漆塗りって、漆器の表面を筆で繊細に塗るようなイメージがありますよね。もちろん、そのような作業もうちではやっています。でも、金箔の下地づくりの本当の肝は、手の感覚と経験に基づいた磨き出しなんです」。

 工場内を見回せば、先ほど昼食を食べていた若い職人たちが、黙々と《Throne(g/p_pyramid)》のパーツの表面を紙やすりやコンパウンドで磨いている。パーツの尖った部分や角は、噴きつけた塗料の厚みでどうしても丸みがかってしまう。それを、本来のディテールそのままにするために磨き出すのだ。

美しく塗装されたパーツに金箔の光沢を調整するための削りを入れていく

 磨きが重要な理由は、それだけでなはない。

 「下地の磨き具合が、金箔の輝きを決めるんです。ツルツルに磨きあげた下地だと、金箔はよく輝きます。でも、キラキラと輝く金色が必ずしもよいわけじゃない。名和さんが《Throne》でこだわった金色は『京都の金』なんです」。

 「京都の金」とはどんな金なのだろうか。実は、茶の湯の文化が盛んだった京都では、伝統的に鏡面仕上げの華美な金色を好まない。反射が強すぎない落ち着いた金色を愛でるのだという。名和は《Throne》の金色に、京都の文化が生んだ落ち着いた金を求めた。

 この「京都の金」をつくり出すために、美しく塗装された表面をあえて粗くしていく。磨きすぎてもいけない、粗すぎてもいけない、何度も目と手で表面の具合を確かめながら、下地をつくり上げていく。

様々な目の粗さの紙やすりを使い分けながら表面を目標となる状態へ近づけていく

 

Nao漆工房では若手の職人も活躍。技術の伝承も自身の使命だと小畑は語る

 「漆でも化学塗料でも、金箔の輝きをつくり出すために求められる手の技は変わらないんです。『京都の金』を守り次世代に伝えていく、そのための技術なんです」。

 小畑のもとに集まり、その技術を受け継ごうとする若い職人が、最新の3Dプリンタによって出力された《Throne(g/p_pyramid)》を磨き上げる。

「《Throne》は、仏具とは違う形で後世に残る作品ですよね。その制作に携われるのは、若い職人にとっても貴重な経験だと思います」。

 若い職人たちが受け継ぐ技術が、作品の価値をつくりあげていた。

「金箔工房清水」の金箔貼り

 Nao漆工房を後にし、京都の中心部を北に見ながら、車で東に向かう。山科、越えれば琵琶湖という音羽山の麓に金箔工房清水はある。外から見ると綺麗な新築の戸建て、その1階の部屋が金箔職人・清水ひろみの作業場だ。扉を開けると、清水が部屋の一角にある机に座り、下地磨きを終えた《Throne(g/p_pyramid)》のパーツを見つめている。作務衣姿に短髪、30代で工房を構えた若き職人だ。

パーツの表面を拭くかのように接着剤を塗る清水

 「じゃあ始めましょうか」という清水の言葉で、急に工房の空気が張り詰めた気がした。清水は布でパーツの表面を拭き始める。金箔を貼る前に表面のゴミなどを落とすのだろうか。おそるおそるそう尋ねると、清水は手を動かしながら話し始めた。

 「これは接着剤を塗る作業なんです。金箔貼りで一番大事なのは、実は貼るときではなくて、接着剤の工程なんですよ。金箔用の接着剤を布で薄く塗ったあと拭き取っていくのですが、この拭き取りの過程こそ、腕が問われるところです」。

 青い拭き取り用の布に持ち替えた清水は、円を描くような動きでパーツの表面をぬぐう。一見すると、何かを塗り込んでいるように見えるが、これは接着剤を拭き取りながら均等に薄く伸ばしていく作業だ。

磨き込むような手つきで接着剤を拭き取っていく

 「拭きが重要な理由は、接着剤の量によって金箔の輝きが決まるからです。接着剤が多ければ金箔にシワが出て落ち着いた照りになり、接着剤をしっかり拭けば金箔の表面がフラットになってツヤが出る。名和さんが目指す品格のある金色を出すには、接着剤の拭き具合を調整する経験と技術が求められます」。

 拭き作業が終わると、いよいよ金箔を貼る作業となる。箔紙についた状態の金箔をカッターナイフで切り出し、竹のピンセットでつまみ、ひらひらと手の平を返して箔を剥がしながら、金箔をパーツへと貼り付けていく。この金箔の貼り方にも、名和のこだわりがあるのだという。

箔の端のラインが左右で揃うように、意識しながら貼り付ける

 

張りたての金箔はまだ箔と箔のつなぎ目が見える

 「名和さんからは左右のパーツで金箔を対称にしたい、というオーダーがありました。良く近づいて見ないとわからないのですが、箔と箔の間には必ずつなぎ目が生まれます。金箔を対称に配置することで、つなぎ目に違和感がなくなり、近づいて見ても美しく対称的な表面を実現できるんです」。

 表面が金箔で覆われ、筆で余った金箔を払っていく。まるで魔法のように姿を現した金色の面に思わず息を呑んだ。これが名和と職人がこだわった「京都の金」なのだ。普段、身の回りにある工業製品の金色とは違う、厚みのある金色。光を反射して輝くのではなく、周囲の光を吸い込むような奥深い色合いがそこにはあった。一つのパーツに金箔を貼る作業を終え、いくぶん緊張が解けたかに見える表情の清水が口を開く。

ハケを使って余った金箔を取り除くと美しい表面が姿を現す

 「実はこの金箔貼りは1回目なんですよ。さらにもう1度、金箔を貼り重ねて仕上がりとなります。重ねることで、この色合いはもっと落ち着いた色合いになるんです」。

 聞けば、重ね貼りは贅沢な仕様とのことだが、それも華美さの演出ではなく、落ち着いた金色をつくり出すために行われるとは驚きだ。それにしても、これだけ繊細な金箔、上から保護のためのコーティング塗装などは行わないのだろうか。

 「それはしません。コーティングをすると、やはり金の表情が変わってきてしまう。下地と貼りによってつくり出した金色を、そのままに届けたいというのが職人としての思いです」。

 実は、化学系の下地塗料や接着剤が選択されているのも、コーティングをせずにある程度の金箔の強度が確保できるという理由からだそう。名和が目指す「京都の金」をそのまま再現したいという思いが《Throne(g/p_pyramid)》のあらゆるところから感じられる。 

金箔の状態を確かめる清水

 清水は、京都ではなく千葉の出身だ。金箔の魅力に取り憑かれ、若くして京都の金箔職人に弟子入り、30代にして自らの工房を構えた。パリでの《Throne》展示の際には、現地で最終的な貼り作業も行ったという清水。名和の作品に関わるのは、自身の仕事の中でどのような位置づけなのだろうか。

 「仏具も長く後世に残るものですが、美術作品も残るものですよね。長く受け継がれてきた職人の歴史の中で、時代を超えて息づいていくものに携われるのは嬉しいですね。《Throne》も、金箔が剥がれると僕が修繕しています。作品が生き残り続けることと、技術が生き残り続けることと、両方に携われるのは楽しいですね」。

清水が金箔を切り出した机

その金色が語ること

 ルーヴル美術館のガラスのピラミッドで輝いていた《Throne》の象徴的な金。あれは名和と職人によって生み出された「京都の金」だったのだ。伝統を未来へと引き継ぐ金をまとった《Throne(g/p_pyramid)》もまた、その価値を後世へと語り継いでいくことになる。

《Throne(g/p_pyramid)》の詳細はこちら

文=編集部|写真=久保田狐庵(STUDIO VOW)