・「森のかけら」ステートメント

人はなぜ、疲れたときに海や山、野や森へ向かうのだろうか。

そこには、学びや説明に先立って、人間が本能的に感じ取ることのできる回復の感覚があるように思う。私自身もまた、生活の意味や方向を見失いそうになるたび、森の気配を思い出す。幼い頃、父は山や渓谷の景色を見るためによく車を走らせていた。しかし当時の私は、その価値を理解することもなく、後部座席で眠っているだけだった。気がつけば、いまの私はあの頃の父に近い年齢となり、同じように森を恋しく思うようになっている。

本作は、そのような感情を起点としている。

私にとって彫刻とは、単に形を立ち上げる行為ではなく、人生のなかで生じた感情や記憶の断片を掬い上げ、物質へと移し替える行為でもある。題名である 「森のかけら」 には、森という大きな存在からこぼれ落ちた小さな断片、そして心に残された風景の名残という意味を込めた。完全な風景の再現ではなく、記憶に残された一部、心に刺さった場面の残響を示している。

制作は、道具や土、水、素材を携えて、山や渓谷へ分け入るところから始まる。

森の中を歩き、心を強く引き留める風景に出会ったとき、その場に腰を下ろして制作を行う。現地で採取した土、落葉を焼いて得た灰、石や鉱物の粉末に、日頃用いている白土・赤土・黒土、そして既存の釉薬を加え、その場所の景色をその場所で彫刻する。木々、岩肌、水の流れ、雲、そこに漂う気配は、小さな造形へと凝縮される。

この行為は、ある意味で写真が一瞬の景色を定着させる営みにも通じている。

ただし写真が光によって像を留めるのに対し、私は土によって風景を留める。可塑性をもつ粘土は、手の圧力によって自在に変化するが、火を経ることで動きを止め、ひとつの形として固定される。流動していた一瞬が、熱によって時間ごと封じ込められるのである。

また、現地の素材を既存の材料と混合する行為そのものも、本作における重要な意味を担っている。

長く使い続けてきた土や釉薬は、これまでの私を形づくってきた記憶や内面に近い。一方、その土地で新たに得た土、灰、鉱物は、人生の途上で出会う未知の経験や外部世界を象徴している。異なる性質の素材が交わり、予測しえぬ色や肌理を生み出すように、人もまた、新たな出会いや出来事が既存の精神と混ざり合うことで、絶えず変化し続ける存在なのだと思う。

完成した作品群は、森そのものの再現ではない。

そこに身を置いたときの感情、通り過ぎた時間、内面へと沈殿した風景の余韻を映し出す、心理的風景である。森は外部にある自然であると同時に、私たちの内側に潜む、忘れられた場所でもある。

この展示は、森を見せるための展示ではない。

森を通過した一人の人間の内に残された感情の断片、そして生の過程で散らばった存在のかけらを集め、静かに差し出すための場である。

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リュ・ジェユン

森のかけら9(海の向こうは僕の故郷)

2024

¥ 88,000 (税込)

・「森のかけら」ステートメント

人はなぜ、疲れたときに海や山、野や森へ向かうのだろうか。

そこには、学びや説明に先立って、人間が本能的に感じ取ることのできる回復の感覚があるように思う。私自身もまた、生活の意味や方向を見失いそうになるたび、森の気配を思い出す。幼い頃、父は山や渓谷の景色を見るためによく車を走らせていた。しかし当時の私は、その価値を理解することもなく、後部座席で眠っているだけだった。気がつけば、いまの私はあの頃の父に近い年齢となり、同じように森を恋しく思うようになっている。

本作は、そのような感情を起点としている。

私にとって彫刻とは、単に形を立ち上げる行為ではなく、人生のなかで生じた感情や記憶の断片を掬い上げ、物質へと移し替える行為でもある。題名である 「森のかけら」 には、森という大きな存在からこぼれ落ちた小さな断片、そして心に残された風景の名残という意味を込めた。完全な風景の再現ではなく、記憶に残された一部、心に刺さった場面の残響を示している。

制作は、道具や土、水、素材を携えて、山や渓谷へ分け入るところから始まる。

森の中を歩き、心を強く引き留める風景に出会ったとき、その場に腰を下ろして制作を行う。現地で採取した土、落葉を焼いて得た灰、石や鉱物の粉末に、日頃用いている白土・赤土・黒土、そして既存の釉薬を加え、その場所の景色をその場所で彫刻する。木々、岩肌、水の流れ、雲、そこに漂う気配は、小さな造形へと凝縮される。

この行為は、ある意味で写真が一瞬の景色を定着させる営みにも通じている。

ただし写真が光によって像を留めるのに対し、私は土によって風景を留める。可塑性をもつ粘土は、手の圧力によって自在に変化するが、火を経ることで動きを止め、ひとつの形として固定される。流動していた一瞬が、熱によって時間ごと封じ込められるのである。

また、現地の素材を既存の材料と混合する行為そのものも、本作における重要な意味を担っている。

長く使い続けてきた土や釉薬は、これまでの私を形づくってきた記憶や内面に近い。一方、その土地で新たに得た土、灰、鉱物は、人生の途上で出会う未知の経験や外部世界を象徴している。異なる性質の素材が交わり、予測しえぬ色や肌理を生み出すように、人もまた、新たな出会いや出来事が既存の精神と混ざり合うことで、絶えず変化し続ける存在なのだと思う。

完成した作品群は、森そのものの再現ではない。

そこに身を置いたときの感情、通り過ぎた時間、内面へと沈殿した風景の余韻を映し出す、心理的風景である。森は外部にある自然であると同時に、私たちの内側に潜む、忘れられた場所でもある。

この展示は、森を見せるための展示ではない。

森を通過した一人の人間の内に残された感情の断片、そして生の過程で散らばった存在のかけらを集め、静かに差し出すための場である。

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取り扱い YUMEKOUBOU GALLERY -夢工房 京都店
サイズ 30.5 x 24.0 x 4.0 cm
素材 森で採集された土、酸化物、木の葉などから抽出した灰/従来使用していた粘土や釉薬、油絵具、酸化焼成
商品コード 1100054457
配送までの期間 約3週間
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